生涯職人CONCEPT

2年で80棟

高校の建築科を卒業し、出来るだけ多くの物件をこなす会社へ行った方が、多種の仕事が早く覚えられると考えた私は、在籍の大工さんが30組という、パワービルダーのような住宅会社に大工として弟子入りしました。

この会社には2年の在籍でしたが、私の所属グループは大工11人で構成されていたので、実に2年間での私の完工棟数は80棟をゆうに超えました。

5~6人グループで大工工事に当たるので、一件の大工工事にかける時間は1週間~10日間。

今思い出してもあり得ないスピードですが、おかげで、工事全体を覚えるのには2年は十分過ぎる期間でした。

複数人では良い家は
絶対に作れない

私自身も、現場に入ったばかりの見習いの頃は、正直メチャクチャな仕事をしていたのは未だに覚えています。先輩に見つからなければ、怒られなければそれでOKというのが、その当時弟子入りしたばかりの私の基準になっていた気がします。

ですが、さすがに1年で40棟もこなすと、出来栄えも要領もかなり良くなり2年目には、後輩を3人程引き連れて、自分が現場を任される立場になっていました。

それだけ難しい仕事ではなかったというのもありますが、当初自分がやっていたメチャクチャな仕事を後輩がしているのを見て、だんだんと許せなくなっていったのをはっきり記憶しています。

工期も短ければ人数も多かったので、当時の私では、目も行き届かなければ、やり直しをする時間を生み出す知識も経験もなく、そのまま完了とするしかありませんでした。

自分が子供の頃描いた「腕の良い大工になる」とは程遠い世界にいる事に気づき、やめる決心をすると共に、学校に通い建築士資格を取得しました。

本物の職人

その頃、建築士学校のつてで、私の生涯の親方となる師匠と出会い、今日に至るまでの私の人生を大きく変えるきっかけを与えてくれました。

すぐさま何回も何回もお願いに行き、弟子入りを果たしましたが、ここからが修羅の10年になる事は、当時の私には想像する事が出来ませんでした。 1ミリの不出来も許さない。

数だけはこなしてきたと自負する私は、ある程度の事はそれなりに出来る自信がありましたが、自分が作った物を見てもらうと、どんな仕事でも師匠の評価はいつも決まっていました。

「壊してやり直し」しか言ってもらえなかったのです。

石の上にも3年

作っては壊し、壊しては作り直す。そんな事を、実に3年も続けたのです。
社長の言い分は「自分が気に入らないものは、この世に残すことが出来ない」
いつもその一言で終わりです。

後になって考えてみれば、壊してやり直す事で、よく給料がいただけたものだと我ながら感心してしまいますが、この方針だったからこそ、お客様からは絶対的な信頼を寄せられていたのは、今だからこそハッキリ分かります。

4年目ぐらいの頃から、私のやり直しもほとんどなくなり、私自身この3年で大きく学習した事は、どれだけ時間がかかったとしても合格ラインに達する仕事でなければ、やり直す事により、結果2倍も3倍も時間がかかってしまうという事でした。

職人としての最初の学び

3年間の長い時間壊してやり直すという事ばかり繰り返す事により、真の職人としての最初の学びを得た気がしています。

師匠が少しでも気に入らない仕事を残す事は絶対にしない。

本物の職人のちょっとした気に入る、気に入らないのレベルなので、お客様にはどうやっても理解できるレベルではないのですが、お客様が問題ないと言っても、物事の判断基準はそこには一切なく、すべて自分の中の厳しい基準によってのみ形になって残されていく。

最初の2年の大工修行を是正するのに、実に3年。延べ5年を費やしました。

職人の教え

「本当に良い仕事をするのが職人で、現在では住宅業界に本物の職人はいない」

社長が口癖のように言っていたこの言葉が教えのすべてで、本物の職人の入り口に立つためだけに費やした3年だった事に、後に気づくことになります。 その後の5年は、だんだん任される仕事が、少しづつではありますが、増えていく事に喜びを感じるようになりました。

やり直しもほとんどなくなり、と言いますか、やり直しを言い渡される前段階で一旦仕事を止め、考え、やり方を変えるという事が後の5年で出来るようになっていったのを記憶しています。

悶々とする
修行最後の2年

この修行場も8年が過ぎ、さすがにほとんどの仕事が言葉による指示だけで任されるようになり、と共にこの頃から自分の中では「独立」という言葉が頭をよぎる様になっていきました。

その当時の師匠は、住宅会社ではなく、お客様から直接新築の注文をいただいており、独立して社長と同じ事をするには、まだまだ勉強せねばならない事が山のようにあり、自分のこの先を2年かけて模索しました。

そして私の中に出てきた答えは、もっと広い世界が見てみたい、そして知りたいでした。

アレンホーム設立

10年の長きに渡る修行を終え、師匠からも快く送り出してもらった私は、ハウスメーカーや工務店、建築会社などいろんな仕事ややり方を見てみたい、自分でやってみたいと思い、出来るだけ多くの住宅メーカーと関わるやり方をする道を選びました。

しかし、ここから先10年で、今まで考える事もしなかった業界の問題点に悩まされていく事になってしまいました。

良い仕事をしても
お客様は喜んでくれない

この頃には、鬼のように厳しい修行の甲斐あって、他の大工さんに負けるような仕事はあり得ないという感覚が完全に身についていたので、どこの住宅会社さんの新築工事でお世話になっても、何の問題も起きずにお施主様に喜んでもらえるはずでした。 しかし、実際にフタを開けてみると、引き渡しを待たずしてトラブルが起きてしまっている物件がほとんどという事を、初めて身をもって知る事になってしまいました。

寸法が違う、色が違う、物そのものが違う、それどころか付いているはずの物が付いていない、やめたはずの物が付いてしまっている、打合せで変更したはずが現場がそうなっていない・・・

数え上げればキリがないほどのトラブルが、毎回どの現場でも当たり前のように起きてきます。

修業時代とは全然違う原因で、壊して作り直すというのが当たり前になっていってしまいました。

営業マン・現場監督の
管理不行き届き

現場がこんなトラブルだらけでは、どれだけいい仕事をしてもお客様に喜んでいただく事など出来るはずもありません。

お客様からお茶などの差し入れをいただいたりする事もあるのですが、大工工事中はとても喜んでいただいているのに、大工工事が終わって次の現場にいる時に連絡が来ます。

「やり直してほしい」

仕事の出来栄えが悪くやり直すのは当然の事と思いますが、理由はいつも、「お客様との打合せ内容と違う」というのが毎度の理由でした。

図面や仕様書が修正されておらず、古い状態になってしまっている、というのが大半です。

これでは、どんな良い仕事をしても住宅会社の不手際により、壊してやり直すことになってしまうという事実。そして、後からのやり直しにより、本当はこんな風にならなかったはずの出来栄えになってしまう問題。

どこの住宅会社でも全く同じで、数多く手がけている住宅会社ほど、そういったトラブルは増える傾向があるので、自分の腕を最大限生かしてくれる住宅会社、現場監督を探し続けました。

真にお客様に
喜んでいただく為に

探せど探せど、この住宅業界の闇のような部分がない住宅会社は存在しない事を理解するのに、7~8年を費やしました。

営業マンが良くても、現場監督がいい加減だと、間違いややり直しばかり。

現場監督が良くても、営業マンが怠慢だとこれも同じ結果になってしまいます。

そもそも、現場でのトラブルは日常のように起きてきますが、営業マンや現場監督が、自分で責任をもって対処をするという業界人を、私はほとんど見たことがありません。そう言った、自分の仕事に責任をもって業務に当たっている担当者の仕事がしたい。

「そんな人はいるんだろうか?」

その時に思い出したのが、自分の親方であり、師匠でした。

アレンホーム法人化

何千万円もの家作りなので、最後はどうしても最高の笑顔で引渡しをしたい。

長年を費やし探し続け叶わなかった家作りを、これ以上探しても現実的には難しいというのは、すでに分かっていました。

「本当に良い仕事をするのが職人で、現在では住宅業界に本物の職人はいない」

師匠の言葉が、今になってしみじみ理解できるのです。

私も、このままでは職人でなくなってしまう日がいずれ来る。必要に迫られ、「職人の生き残りとして業界に貢献したい」

その一心で、アレンホームを法人化しました。

建築科を出て、最初の現場でも学びましたが、多くの人間が関わると、おのずとトラブルや不具合は増えていってしまいます。 トラブルや不具合のない最高の出来栄えの状態で、お客様にお届けしたい。 1番最初の出会いから、完成お引き渡しまでお客様と歩みを共にする。 それが私達アレンホームの家作りです。

会社概要